◇第83回箱根駅伝応援(平成19年)
箱根駅伝のコースが藤沢の中心を通り抜けて行くことを幸せに思ふ。毎年身近なところで若者の直向きな姿に触れることが出来るのだから。今年も沿道の大きな声援と拍手の中を、若者達は疾風のやうに駆け抜けて行つた。
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| 順大、神大と競り合う3区 池邊稔選手(中央・明大主将) |
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| 頑張れ! 池邊選手! 1年間の苦しい練磨はこの一瞬のため |
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| 沿道の応援席 |
喧しさうな先輩 |
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| 評論家の意見も力が入ります |
笑顔の先輩ほど怖い人が多い |
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| 明大報道班 昔は立派な腕前でした |
消防団長ではありません 自称応援団長 |
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| 逗葉地域支部の皆さん |
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| 来た! 8区 中門健選手 |
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| 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! |
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| 君の努力は君一人のものではない! |
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| 中門健選手のご両親(左から3人目、4人目)を囲んで |
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| 沿道応援桟敷の人々 |
終りました ご苦労様でした |
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| 西島恒博支部長(左端)の謝辞 |
柴田倭敏幹事長もご苦労様でした |
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| 最後はこの歌 リーダーは中澤幸雄氏 |
白雲なびく駿河台 |
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| 眉秀でたる若人が |
青春の酩酊は今も胸に |
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| 立寄つた5区走者 尾籠浩考選手(前列中央) を囲んで |
| 5区山登り尾籠選手の好走は西弘美駅伝監督も絶賛してました |
箱 根 駅 伝 応 援 席 か ら
幹事長 柴 田 倭 敏
(昭38政経)
第八十三回箱根駅伝は明大競走部には三年連続の出場となった。我々も三年連続の応援体制を整える。大分手慣れたものとなった。年末の内に南仲通り交差点のご近所に挨拶に回る。
『お喧しいことで申訳ありません。また来年も応援の幟を立てさせて頂きたいと存じますが』
どこも皆んな快く承諾して下さる。中には奥から新聞の切抜きを持出して
『見て下さい。私の家が写っているんですよ』
と誇らしげに見せて下さる方もいられた。林立する明治大学の幟の前を数名の選手が走つている写真であった。
箱根駅伝は沿道の人々にとっても大事な年中行事となっている。
当日は、いつの間にか常設会場となった吉澤陽子先生の事務所前にテントを張り、応援受付所を設置する。手際よく準備が進む。準備万端整ったころ、顔見知りの中央大学や早稲田大学のOBの方々が
『黙って通り過ぎる訳にはいきませんからなア』
と笑いながら挨拶に来られる。応援者記名帳に署名を勧めれば「中央大学学員会藤沢白門会」とキチッと書かれて行かれた。沿道の社交場となった感じである。
相模原地域支部の山下義幸先生が早々とお見えになられる。大和、鎌倉、逗葉の皆さん方が来られる。新年の挨拶を交わしながら遠路を押して来られた校友の皆様方に感謝する。こうして母校の選手を応援するという一筋の絆で結ばれた連帯感は、我々OBにとっても大きな喜びである。
往路三区の池邉稔選手、復路の八区中門健選手、よく頑張ってくれた。往路十一位は、或いはシード権に絡むかと思われたが、総合では十六位となってしまった。成績の良いことは願わしいことである。然し、成績だけが総てではない。純粋に、一途に、直向きに努力する君達の姿勢こそ、観る者に感動を与える。駅伝を通じて君達の人格の向上こそが期待するところである。選手諸君の一層の精進を祈るものである。
結果を見て、反省する処は多々有るであろう。然し、悔いることはない。応援席の我々は君達から充分過ぎるものを得ている。感謝すべきは我々の方である。来年もまた君達の真摯な努力に対して、熱い心で拍手を送ろう。
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