八 幡 山 グ ラ ウ ン ド を 訪 ね て ……明大競走部応援バスツアー……
長 谷 川 将 顕 (昭44 商)
昨年十月二一日に開催された第八三回東京箱根間往復大学駅伝競走予選会では、明治大学競走部は六位となり、三年連続五十回目の本戦出場権を獲得した。 平成一八年度の家族バス見学会は、その競走部の合宿所の在る八幡山グラウンドを訪ね、西 弘美駅伝監督や選手諸君を激励しようと企画されたものである。 一一月二六日(日)は曇り空のやや肌寒さの感じられる日であったが、三六名の参加者を乗せた貸切バスは定刻八時に藤沢駅南口を出発した。 車内では「八幡山へ行くのは初めてだ」「行ったことはあるが、昔は草茫々のひどい処だった。どんなになっているかなア」などと、期待やら懐旧の声が聞こえる。 バスの中で、金子勇二顧問より西 弘美駅伝監督と藤沢地域支部との交流について話しがあった。 西 弘美氏は日本大学の出身だが松本 穣競走部長(商学部教授)の熱心な懇請により明大の駅伝監督を務めることになった。金子顧問が初めて西氏に会った時、「西先生は箱根駅伝に出場されたことがあるのですか」と尋ねると「四回出たことがあります」とさらりと答えたとか。四回とは一年生から四年生まで毎年駆けた訳で、事実、西氏は学生時代から実業団の旭化成時代を通じて、日本を代表する大変な名ランナーであったのだ。お人柄は真摯で、終始謙虚な姿勢を崩さなかったとは金子顧問の言葉である。 西氏が初めて明大の合宿所を訪ね、選手達に会った時の話しは興味深かった。合宿所の部屋は乱雑で、カップ麺の容器が転がっており、選手はテレビゲームやアルバイトに夢中になっている。それはスポーツに精進する若者の姿勢ではなかった。西氏は、門限を定め、長髪を禁止し、アルバイトも厳禁する。スポーツ選手は身体造りが基本であり、それには何よりも充分な睡眠と栄養価の高い食べ物の摂取が大切である。日常の生活を正しく律しないで、グラウンドで良い成果が出る訳がない。西氏は家族を浜松に置いて、単身合宿所で選手と一緒に生活している。人間形成を基本にした西氏の指導により明大選手の力は急速に向上したとのことである。様々なエピソードが披露され、何度も頷く参加者の姿が見られた。 こうした予備知識を得て、明大八幡山グラウンドに到着する。我々の目に飛び込んで来たのは一周四百米の全天候型グラウンド。グラウンド内(フィールド)はサッカー場になっており、隣接してラグビー、ホッケー、アメリカンフットボールの練習場がそれぞれ独立して並んでいる。そして、それぞれの合宿所がこの八幡山に設置されている。競走部の遠藤和生監督から全体の説明を受ける。因みに明治、早稲田、慶応の三校だけが「陸上部」とは言わず「競走部」と言うのだそうな。 勧められるままにグラウンドの周囲を歩いて回ってみる。 「昔は草茫々でね」「いやア、初めて来たけど、これは立派だ」 車内で交わされた会話が繰り返される。 グラウンドのあちらこちらで学生達がウォームアップを始めている。ラグビー場の学生はちょっと若いかなと思ったら明大中野高校の生徒であった。 松本部長と話しをしていたら、村上貴彦選手が通りかかり、二人を囲んで輪ができた。昨年復路藤沢を走り、ご両親も仙台から応援に来られ、縁のある選手だ。 「来年は何区を走るの」の質問に「勿論八区です」ニッコリ笑った笑顔が印象的であった。 西監督はこの日三区と四区の試走に行かれ、十時半過ぎにグラウンドに戻られた。あいさつもそこそこに直ぐに練習が始まる。 マネージャー達がトラックに机を持ち出し、ストップウォッチを片手に記録を取りながら、通過する選手にタイムを知らせている。が、見ているとどうも様子がおかしい。途中でフッと息を抜くようなところがあるのだ。それも走っている全員がである。これはインターバル練習と言って、四百米トラックを三百米は全力疾走し、百米はいわゆる流して走り、これを何周も繰り返すのだそうだ。この日は十五周走ったところで練習は終わった。 明大の選手とは別に、オレンジ色のユニフォームを着けたグループが練習している。実業団「カネボウ」の陸上部の選手達で、途中で息を抜くことなく全力疾走を続けていたのが対照的であった。 都心で、この八幡山ほどの設備を持っている練習場は他には無いそうで、高校生はもとより社会人も練習に来る人が多いとは松本部長の話であった。 当初、昼食は選手達と一緒に摂る予定であったが、選手達は練習後のクールダウン(ウォームアップの反対)の時間を取るため、食事は松本部長、遠藤監督、西駅伝監督と一緒に、予め手配して置いた合宿所の食堂で歓談しながらいただいた。 西島恒博支部長より競走部へ強化資金の贈呈があり、藤沢の三区、八区を走った幸田高明選手、村上貴彦選手の写真パネル(篠崎行伸氏撮影)も併せて贈った。お三方からそれぞれごあいさつをいただく。 西監督からは「来年は十八位と言うことはない。有望な選手も入学しており、二、三年後には優勝争いに絡むようなチームになる」との、何んとも嬉しい話が出された。一同大いに気を好くしたものである。 選手達の箱根路での健闘を祈りつつ、八幡山を後に、次の目的地「古賀政男音楽博物館」へと向かう。 小田急代々木上原駅から徒歩三分、井の頭通りに面したところ、古賀政男の邸宅跡にこの博物館は建てられている。 一階には、NHKがしばしば音楽の録音に使うと言う「けやきホール」、二階、三階が展示室となっている。 三階には古賀邸の一部が再現されており、往時の仕事と生活ぶりが偲ばれる。案内の方の丁寧な説明を聞きながら館内を一周し、最後に地階へ行くとそこはカラオケスタジオ。ここでは誰でも一曲千円で自分の歌をCDに作って貰える。早速、ご自慢のノドをコンパクトディスクに納めた方もいられる。 総ての見学を終えて帰路に着く。道路は渋滞もなく、予定通り午後五時藤沢駅南口に到着した。 曇天ではあったが幸い雨に降られることもなく、八幡山では若い力に元気を貰ったような気持になり、古賀政男音楽博物館では巨匠の知られざる一面を垣間見ることが出来た。有意義な一日であった。 企画・運営に当たられた家族バス見学会幹事の田村守孝先輩に心から感謝申し上げてペンを置くことにする。有り難うございました。