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役 職 |
氏 名 |
地域支部 |
役 職 |
卒年 |
学部 |
1 |
支部長 |
金子勇二 |
藤沢 |
顧問 |
62 |
法 |
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副支部長 |
石井政行 |
小田原 |
支部長 |
50 |
法 |
3 |
〃 |
片倉常夫 |
平塚 |
支部長 |
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法 |
4 |
〃 |
佐々木発次 |
茅ヶ崎 |
支部長 |
57 |
政経 |
5 |
〃 |
西島恒博 |
藤沢 |
支部長 |
62 |
法 |
6 |
〃 |
鈴木康義 |
厚木 |
支部長 |
61 |
政経 |
7 |
〃 |
山下義幸 |
相模原 |
支部長 |
59 |
農 |
8 |
〃 |
小川正蔵 |
大和 |
支部長 |
59 |
政経 |
9 |
監査委員 |
清田宰宏 |
平塚 |
副支部長 |
56 |
商 |
10 |
〃 |
伊倉正光 |
相模原 |
会計 |
78 |
政経 |
11 |
〃 |
長島千秋 |
大和 |
副幹事長 |
71 |
法 |
12 |
幹事長 |
永友 亨 |
藤沢 |
副幹事長 |
62 |
商 |
13 |
副幹事長 |
水落泰三 |
小田原 |
副支部長 |
57 |
法 |
14 |
〃 |
宇野武治 |
茅ヶ崎 |
副支部長 |
63 |
商 |
15 |
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薄 剛夫 |
厚木 |
幹事長 |
66 |
工 |
16 |
幹事 |
神田和弘 |
小田原 |
副支部長 |
57 |
経営 |
17 |
〃 |
小澤久夫 |
平塚 |
幹事長 |
59 |
工 |
18 |
〃 |
青木幹夫 |
茅ヶ崎 |
幹事長 |
71 |
工 |
19 |
〃 |
大川 弘 |
厚木 |
副支部長 |
58 |
政経 |
20 |
〃 |
神田達治 |
相模原 |
幹事長 |
68 |
商 |
21 |
〃 |
日下部恒夫 |
大和 |
幹事長 |
64 |
商 |
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第4回神奈川県西部支部総会に出席して
永 友 亨
(昭37 商)
平成十八年五月二十八日(日)、JR平塚駅前の平塚プレジールにて第四回神奈川県西部支部総会が開催された。
ご来賓には明治大学理事長長吉泉先生、明治大学校友会会長代行塩澤護氏、神奈川県東部支部幹事長木村一郎氏、明治大学神奈川県西部地区父母会会長福地博文氏をお招きし、会員九十二名の出席はこれまでになく盛況であった。
総会は例年の如く、平成十七年度の事業報告、収支報告、監査報告、平成十八年度の事業計画案、収支予算案と滞りなく進み、本年は役員の任期満了に伴う改選とのことにて、この議題が上程された。
聞くところによれば、添田郁氏より支部長辞任の申出があり、四月以降二回にわたって役員選考委員会が開催され、その都度選考委員から添田氏に留任の要請が強くなされた。然し、添田氏の辞任の意志は堅く、選考委員会も困惑したとのことである。やむを得ず、後任の支部長として、当藤沢地域支部の金子勇二顧問が推薦されることとなった。
金子勇二氏も当初は極力辞退していたが、遂に断りきれず承諾をしたと言う。幹事長については同じ地域支部の方が何かと便が良いとのことで、なんと小生永友亨が推薦されたのである。これには驚いた。世の中は何処にどんな災難が転がっているか分からぬ。これまで責任のあることは極力逃げて来た小生ではあるが、それが神奈川県西部支部の幹事長とは。
金子勇二氏以上に小生も困惑したが、同じ地域支部から支部長が選ばれ、誰かが幹事長を引き受けねばならぬのなら、これも巡り合わせと覚悟を決めた。然し、今でも、この幹事長はミスキャストであり、頼む方が間違いだと考えている。とは言うものの、引き受けた以上は、任期の間は与えられた責務を果たすべく全力を尽くす所存である。校友各位の絶大なご支援とご協力をお願い致したい。
副支部長、副幹事長、監査委員、幹事についても、各地域支部よりそれぞれ候補者の推薦があり、この候補者が原案通り、役員として選任された。
以上で総会の議事は終わり、来賓の祝辞となった。
明治大学理事長長吉泉先生より、明治大学の実状について詳細なお話しがあった。少子化社会に向かう厳しい経営環境の中で、着実に向上発展の道を歩む母校の様子を知り、校友の一員として大きな喜びを覚える。理事者、教職員、関係者の皆さんの労を多とするものである。
また、伝統あるスポーツの活躍にも力を注ぎ、中でも野球、ラグビー、箱根駅伝には特に力を入れると長吉先生は言われる。先生の言葉は真に頼もしく、聞いている我々も意を強くした。何か頭の上の雲が切れて、青空が広がっていくような思いであった。
記念講演は明治大学競走部部長松本穣教授の『箱根駅伝の展望』である。
冒頭、いきなり藤沢地域支部の会報第九号を取り上げ、柴田倭敏副支部長の『箱根駅伝で広がる人の輪』を読んで、その詳細な内容を説明するのには驚いた。偶々、その時、柴田氏は次の懇親会場の準備のために其処にはいなかったが、若し居たら本人が恥ずかしくなる程の松本先生のお褒めの言葉であった。
松本先生は燃える炎のような情熱を秘めた方である。本気になって箱根駅伝に取組んでいられる。先生ご自身がまるで選手のように、行く手の栄光を目指して、直向きに駆け続けているような迫力を感じる。西弘美駅伝監督も優れた指導者であるが、松本先生もまた立派な指導者である。明治大学から優れた選手が輩出して立派な成果を挙げることは、期して待つべきものがあると思う。
先生の講演を楽しく聴いて懇親会に移った。
懇親会は、次期総会会場を予定されている小田原の水落泰三副支部長が司会進行を勤めた。アトラクションにハーモニカの演奏などを取り入れ、和気藹々のうちに時間が過ぎる。其処此処で、地域支部を越えて交歓が行われていた。何年ぶりかで同期生と再会し、笑い声を弾ませている校友もいる。これが広域な県単位支部の総会のよいところであろう。
最後は『白雲なびく』の合唱でお開きとなった。リーダーには小田原地域支部の升水精一郎氏(昭31 経営)が名乗り出て、立派に務められた。名残りを惜しみながら解散となる。
懇親会場から外に出ると、ロビーでは藤沢の山崎喜知副支部長が帰る人々に挨拶をしながら見送っていた。山崎氏は本日の受付の総責任者であり、その他にも雑事の一切を取仕切って、恐らく懇親会場で寛ぐ暇も無かったことであろう。そして最後までお客様を見届けて、後始末を全うする責任感が、その姿勢から観て取れた。この様な方が居られるから、この総会も無事に開催することが出来たのだと考えさせられた。
神奈川県西部支部の総会も四回目を迎えて、小田原、平塚、茅ヶ崎、藤沢、厚木、相模原、大和の七地域支部も馴染み、落着いたものになって来たと思う。
(平成18年6月2日 記)
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