第43回全国校友広島大会に参加
顧 問 鈴 木 良 二
(昭35 法)
「飛躍と友愛」をテーマに“来んさい! 安芸の宮島 紫紺の集い”の呼び掛けで、平成十九年十一月四日開催の明治大学全国校友広島大会に参加した。
大会開催地の広島市は、水と緑の豊な町であるが、過去には被爆という悲劇の歴史を乗り越え復興を成遂げた街。この大会に参加した校友も世界の恒久平和を願う「ヒロシマの心」に触れる機会でもあった。
大会当日は、一点の雲もない晴天の中、広島の中心街に在る「リーガロイヤルホテル広島」に全国から千名を超える多数の校友が集合、午後一時三○分校友会旗の入場によって大会が開幕した。
今大会の開催に当たり、大会実行委員長の水戸川旭広島県支部長は挨拶の中で、明治三二年九月支部発足以来、武田孟、佐々木吉郎、斉藤正道と三人の学長、総長を輩出した地で明治大学との縁が深い土地柄であることを紹介して、世界の恒久平和をアッピールする広島を誇りとする歓迎の挨拶から始まった。
今年、九十三歳の高齢ながら元気に挨拶に立った青木信樹会長からは、老いて益々明治大学に寄せる思いの強さが伺い知れたのみならず、広島市が太平洋戦争末期、世界初の被爆地となり、悲惨な戦禍の中から立上がり、産業、スポーツ等全国的にも注目の地であって、世界に向けて様々な情報を発信しつつ、世界平和の連携を築くことの重要さを訴え、校友に対して世界平和こそが、経済発展の礎であると訴えて広島大会開催の意義を述べていたのは印象的であった。
来賓として出席した長吉泉理事長は、教育環境が厳しくなっている中常に新しいことに挑戦し前進し続けている母校の経営改革を紹介しつつ、「紫紺館」を核に校友同士の団結と母校支援の期待を訴え、平和えの願いが込められた象徴的な地での大会開催の意義を述べた。
続く納谷廣美学長は、建学の精神「権利自由」「独立自治」を脈々と引継ぐ中で、「個」を強くする大学として、激変する現代社会で確固たる信念を持って未来を切り拓く人材の育成に努める方向を強調し、その手法として、二○○八年四月の「国際日本学部」の新設、大学院に情報コミュニケーション研究科と教養デザイン研究科及び理工学研究科に新領域創造専攻の開設の四つの改革を紹介して、これからの大学教育の使命と方向性を強調した。そして大学間競走に打ち勝つため、建学の理念に立ち返り「明治の顔」を明確に打ち出して改革を続けて行く決意を述べた。
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藤沢地域支部 左より 門田勝功氏 佐藤英雄氏 筆者 西島恒博支部長 金子勇二氏 |
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第二部の記念イベントでは校友で落語家の三遊亭小遊三師匠の講演があり、題して「笑う門には福来る」。話芸の達人と言われる落語家の講演に大爆笑の一時間余りであった。昭和四十年代の学生生活の中から当時の学生気質や落語家の修行、そして今人気番組の一つ「笑点」のレギュラーとして人間模様等を多彩な語り口、その中にも母校明治大学への感謝と大学発展の期待を込めての講演に聞き入った次第。
懇親会での「山王神楽団」による神楽は中国地方の伝統芸能として注目を集めた。神楽は、秋の収穫を喜ぶ農耕儀礼として日本全国に伝えられているが、中でも島根県石見地方の石見神楽、岡山県の備中神楽等があり、日本の神話や伝説、歴史上の人物等を題材にした演目があって、中には一つだけで一晩中演じる様な長いものもある。この日は、神楽のクライマックス・シーンの大蛇を討ち取る場面で、八頭の大蛇が舞台狭しと暴れ回る様に会場内は総立ちとなって観入っていた。
今大会が開催された広島県には八つの地域支部があり、その他駿台倶楽部や応援団OB会、事業者の集まり等校友相互の繋がりも深く、そのような団結の力が発揮されて、全世界に恒久平和を発信する広島の意気込みが感じられる大会であった。
個人的な事ではあるが、毎年全国大会に合わせて同窓会(自称明大三五会)を開いている。今回は地元の日高憲三氏の肝いりで、大会の翌日二十六名で瀬戸内海をクルージングして観光した。これも忘れられない思い出となった。
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明大三五会の皆さん 厳島神社にて 左端 筆者 右から四人目 日高憲三氏 |
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| 瀬戸内海 船上にて |
生憎の曇り空でした |
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