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枕  流  漱  石

金 子 勇 二
(昭37 法)

 pedantic といふ英語の単語を字引で調べると『学者ぶつた』『物知り顔の』『衒学的な』と言ふ言葉が出て来ます。少しばかりの知識をこれ見よがしに振り回すのは見苦しく厭なものです。努めてさういふ人間にはなるまいと自分自身を戒めてゐるのですが……、浅はかな虚栄心か恥知らずの自己顕示欲のなせることか、時々反省させられる事があります。これから書くことも、これ又、すこぶるペダンティックな話しです。真にお見苦しい次第ですが、暫くご辛抱下さい。先にお断りして置きます。
  随分以前のことですが、謡曲の稽古をしてゐた頃、『三笑』といふ曲を習ひました。これは中国東晋の時代、『虎渓三笑』と言はれる故事を主題としたもので、今から千六百年ぐらゐ昔のことです。
  中国の江西省、揚子江の南に在る有名な廬山に恵遠といふ高僧が白蓮社といふ庵を結んで、三十年間一歩も外に出ずに修行を続けてゐました。其処へ詩人の陶淵明と道教の陸修静が遊びに来て、三人は心ゆくまで語り合ひ楽しい時間を過ごします。帰る時、恵遠禅師は二人を送つて出るのですが、話しは尽きず、恵遠禅師が此処より外へは決して出ないと決めてゐた虎渓の石の橋を思はず渡つてしまいます。三十年の戒めを踏み越えてしまつた事に気がついた時、三人は其処で手を叩いて大笑ひをすると言ふ話しです。
  恵遠は仏教を、陶淵明は儒教を、陸修静は道教を代表するといふ超俗の三人が、無礙な心境で語り合ふ清談の楽しさ、如何にも禅味のある素敵な話しで、よく水墨画や漢詩の主題になる物語です。横山大観や下村観山にも傑作と言はれる『三笑』の絵があります。
  謡曲の『三笑』はこの様に謡ひ出されます。

   晋の恵遠廬山の下に居して、三十余年隠山を出でず、白蓮社を結び、並びに十八の賢あり、其外数百人世を捨て榮を忘れて共に、西方を誦(ず)し六時を禮(らい)し、此の草庵に遊止(ゆじ)す。
 かくて流れを枕とし岩に口を漱ぎて、行住坐臥の行に、座禅の床を洩る月も、西に傾く折々は………
(以下略)
 

 此処でちよつと私はひつかかるものを感じました。『流れを枕とし岩に口を漱ぎて』と言ふ言葉です。元来これは『枕石漱流』といふ言葉がありました。石を枕にし流れに口を漱ぐと言ふことです。これは俗世間での生活をやめ、山に引き籠もつて隠遁することを意味します。寝る時は其処らにある石を枕にし、朝目が覚めたら谷川の流れで口を漱ぎ、自然の中で悠々自適の生活をすることです。
 ところが或る時そそつかしい人が居て、言葉の順序を間違へ『枕流漱石』と言つてしまつたのです。よくある間違ひです。
 『オヤ、おかしいのではないか?』
  と聞いた人が注意をすると、言つた人はシマッタ! と気がつくのですが、負け惜しみの強い人で
 『いや、流れを枕にするのは、世俗の事で汚れた耳を洗ひ流すことであり、岩で口を漱ぐのは歯を磨いて丈夫にすることさ』
  と強情を張ります。
  そこから『枕流漱石』と言つたら『コジツケ』とか『負け惜しみの強い人』といふ意味になつたのです。
 余談ですが、夏目漱石の筆名も此の故事に由来するものですし、又『さすが』といふ言葉に『流石』と当て字を書くのも、これに因るものと言ひます。
 ところが、謡曲の『三笑』では『流れを枕とし岩に口を漱ぎて』とあります。(写真の教本の写し参照)

   
    喜多流 謡曲教本『三笑』より  

  此処は恵遠禅師が廬山の山の中に隠棲するのですから『枕石漱流』でなければならぬ筈です。
 テキストの誤植かしらと思ひ、当時教へて戴いてゐた喜多流の内田安信先生にお尋ねしました。然し、明快な回答はありませんでした。
 その後、鵠沼にお住まひの塩入元章氏(先年ご高齢でお亡くなりになられました)といふ観世流の謡曲を五十年もやつてゐる方に尋ねてみました。塩入氏は先代の観世銕之丞先生の直門であり、ご本業は宝石の鑑定と販売をお仕事としてゐましたが、能と謡曲に一生を捧げたやうな方で、『湘南能』と称して藤沢で能の公演を行ひ、銕之丞一門のご出演による演能を催してゐました。塩入氏は五十年も謡曲をやつて来たが、こんな質問を受けたのは初めてだと言ひます。観世流の教本を調べて見ると矢張り『枕流漱石』になつてゐるさうです。
 更に、当時私が昵懇に願つてゐた歯科医師の菅原正登志先生にお尋ねしてみました。菅原先生は北海道のご出身で、戦後に当地に来住され、辻堂の湘南工科大学前に歯科医院を開業されてゐました。先生は大変なディレッタントで、釣りはなさる、クレー射撃はなさる、カメラは多くの展覧会に作品を出されていつも入選なさると言ふ多趣味な方でいらつしやいます。私が初めてお宅を訪問した時、書架に謡曲の本が沢山並んでゐました。私も謡曲を稽古してますと言ふと
  『何年くらゐ?』
  とお聞きになります。丁度二年になりますと言へば、菅原先生はさも大事なことの様に声をひそめて
  『謡曲といふのは十五年か二十年稽古をして、初めて少々齧つてゐます言ふべきであつて、二年や三年の稽古ではオクビにも出してはいけません』
  と申されました。私はビックリして
  『先生はどのくらゐおやりですか?』
  と聞けば
  『少々齧つてゐます』
  とおつしゃいます。何年ぐらゐと重ねて問へば
  『学生時代からで丁度四十年になります』
  と言はれるではありませんか。私は唖然としました。菅原先生は宝生流の職託(アマチュアでは最高の地位と聞く)を許されてをり、幸流の鼓まで打つとのことでした。それ以後、私は自分の謡曲を人に話すことはやめたし、人前では披露しないことに決めました。その菅原先生にお尋ねしますと、矢張り宝生流でも教本は『枕流漱石』となつてゐるが、理由は分からないと言はれます。
 喜多流でも観世流でも宝生流でも同じ言葉で書かれてをり、昔からこのやうに習つて来たとのことです。かうなると、どうも単純な教本の誤植印刷といふことではなささうです。
 然し、どう考へてもこれでは意味が通じない。疑問が残ります。釈然としないのです。
 『三笑』の作者が間違へたのか、それとも教本を作る過程での単純なミステイクなのか、或いはこれはこれでよいのか、何十年か前のことですが、今だに疑問に思つてゐるといふことです。
 些かペダンティックな話しで恐縮ですと、最初にお断りした話しです。
                 (平成十八年四月二十九日 記す)
 
 
 
 

 

 
 
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