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学 生 時 代 ・ そ の 後

                   高 田 潤 一 郎
                      (昭36 政経)

  
 半世紀前の昭和三二年、私は明治大学政経学部に入学を許された。憧憬れの東京六大学、田舎者の私にとっては天にも昇る気持で記念館講堂の入学式に臨んだ。式場で耳にした『白雲なびく』の演奏に、鳥肌の立つほどの高揚感を覚えた感動はいまだに忘れることができない。
 懐かしい想い出の日々 後列左から5人目筆者
  田舎出の貧乏学生の身ではクラブ活動を楽しむこともできず、ひたすら和泉校舎と学生寮(郷里の諫早市が造った市民の子弟のための施設)の間を往復するのみの日課であった。寮は都電の早稲田終点近くで、神田川を渡った文京区目白台にあった。旧細川邸の敷地一部と建物を市が譲受け、改装して使用していた。
  当時は男子学生のみで四畳半の個室、六畳は二人同室で八畳は三人で使うのがルールであった。現在は洋室の個室仕様で、しかも女子学生も入寮できるそうだ。隔世の感がある。
  通学ルートは、高田馬場―新宿―明大前であったが、新宿南口で甲州街道を横切る京王線の車窓から、文化服装学院へ向かう女子学生の姿を目で追っていたこともあった。野球シーズンの土曜日には一年生の一般学生は応援団の怖い先輩に駆り集められて、神宮球場で応援の指導をされたものである。今でも応援歌を覚えているのは、その時のお陰かも知れない。
  駿河台での学生生活になると、少しゆとりが出来るようになった。ゼミナールでは他のクラスの学生とも仲間意識が生まれ、いまだに付合いが続いている。通学は都電で早稲田から駿河台下までの乗換えなしでとても楽であった。マージャンを教わったのもこの頃のことである。
   卒業アルバムから 後列右から2人目が筆者
 友達づきあいはやはりクラス中心で、今でも年二回の割合で当時の仲間十四、五人が集まり、酒を酌み交わしている。逢えばその侭昔の学生時代に戻り、青春の残影とでも言った感じである。
  校友会藤沢地域支部との出会いは平成十三年の総会だと記憶している。会場で同じ学部の同期生齋間 勝さんから声を掛けられ、親しく話合って以来出来る限り出席を心がけている。諸先輩の方々と話す機会が出来たことはとても嬉しいことであった。
  平成十五年にはタウンウォーキング、写真クラブにも入会し、時々参加しては楽しんでいる。囲碁同好会の烏鷺会には角田 守先輩の熱心なお誘いがあり、まったくの素人でありながら第一回からずうずうしく顔を出している。初心者では金子勇二さんと一緒であったが、今ではまったく歯が立たなくなり、悔しい思いをしているこの頃である。
  藤沢地域支部は、今年もチャリティアート展やマンドリン倶楽部チャリティコンサートの企画で地域社会への貢献を目指している。素晴らしいことだと思う。私も支部の一員として、微力ながら協力していきたい。(平成18年12月)


  
  
  

 
 
  
  
  

 
 
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